2014.10.10 神山Last Night

2017年5月27日旅の記録

どうも、りょうかんです。

前回の日記で書いたように、今夜が神山の最後の夜になりました。たった10日間の滞在でしたが、本当に楽しい時間を過ごすことが出来きました。

ようやく一緒に昼夜を共にしてきた作業チームにも馴染んできて、神山にも少しずつ知り合いが増えて来て、これからもっともっと楽しくなっていく予感がしてるだけに、本当に寂しい限りです。泣

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今回神山を離れることになったのは、仕事にプライドを持った大人同士の価値観の相違によるものでした。

お互いに曲げられない信念を持っているからこそのぶつかりで、正直どちらの信念にも共感して何も言えないでいました。(立場的には片側の意見に近かったですが)

この価値観や信念について、自分がこの日記の中で語ったところで自分の言葉として表現しきれないと思うので、この点については触れないでおきます。ただ、今回の騒動中に遭遇した数々の議論の中で1番心に残った台詞を文字として残しておこうと思います。

 

「町の外から来た人は散々町を荒らして失敗してもこの町から去ればいいかもしれないですけど、(町の人間である)私にとっては、町中の人から後ろ指を指されるかもしれない、旦那に悪影響が出るかもしれない。そんなリスクを覚悟で、参加してるんです。それをわかってください。」

 

まちづくりをしている人の話を数多く聞き、実際に自分もまちづくりの現場に携わっていた人間として、この言葉はとても重く心に響きました。

よく『よそ者・バカ者・若者』が街を変える、という話を聞きます。実際にそれで街が変わり始めた事例もあるでしょう。

ただ、熱海でインターンをしている時に感じたのは、「所詮はこの土地に定住する覚悟は持っていない。そんな奴がこの土地で活性化を叫んだところで虚しいだけだ」という自己矛盾でした。このまちで根を張り花を咲かせるつもりの無い人間が、このまちを活性化したい・このまちを再生したい、といくら騒いでも、住んでる人からすれば「遠くでカラスが鳴いている」ぐらいにしか感じないだろうなと思ってしまうのです。だからこそ、そんな自分に手を差し伸べてくれる地元の方には本当に感謝しなければならないし、その気持ちを忘れることなどあってはならないと。

この言葉には、外からまちづくりを語る際の本質が隠れていると思います。

 

10日間という短い期間だったけど、神山での経験は自分に大事なモノを再確認させてくれた気がします。またフラッと立ち寄りたいな。

 

というわけで、明日の昼前には神山に別れを告げて、山口の萩市に向かいます。その後は、大分の竹田市について行くか、尾道に再び向かうかもしれません。

次の行き先は、萩に着いてから決めようと思います。

 

では、また!

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2017年5月27日旅の記録

Posted by りょうかん