風邪で寝込んだ時に「このまま死んだら……」とか考えること、ありますよね?

2017年5月27日その他

どうも、りょうかん(@ryokan_1123)です。

3日ばかりブログの更新が出来ませんで。ご無沙汰してました。

風邪で寝込んでおりました。

そんな病床でなぜか「このまま死んだら……」って冴えない頭をフル回転させながら考える瞬間って誰しもあると思うんです。私も体調を崩すとそんなことを考えてしまいます。

今回はそんな話を。


病気の設定

元々、体が弱い男です。産まれた直後は小児喘息を患ってました。小学6年の時には朝食を食べなかっただけで卒業式の練習中に貧血で倒れました。高校3年生の時には入院即手術レベルの肺気胸になりました。大学1年の冬にも肺気胸を再発し、今でもタバコなどには最新の注意を払っています。

そんな私です。体調を崩すと、必ず何かの病気になったことを想像します。

もちろん今回も例外ではありません。

しかも、23歳で死ぬ運命だと思ってます。

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23歳も残り3週間になりました。このタイミングで体調を崩し、このまま病死のパターンは十分にあり得る展開です。

「ゲストハウスだからエボラ出血熱の二次感染か!?」「今更だけどデング熱か!?」「虫歯の治療を先延ばしにしすぎて……」などなど病名は自由です。

どんな病気にしろ、『余命1ヶ月の宣告を受ける』ことを想像しました。

 

残り1ヶ月をどう生きるか

余命1ヶ月だとしたらどう生きるか。そこから想像を巡らせるわけです。

死ぬ前にしたいことってなんだろう。

息絶えるとしたらどこにいたいかな。

最後の瞬間は誰といたいかな。

死んだら周りの人にはどうしてほしいだろう。

みんなも想像しますよね?

 

あくまで自分の想像出来る範囲だけど

死ぬ前にしたいこと。→ たぶん今なら変わらずブログを書く気がします。自分の寿命を設定した上でこの2年生きてきた自分が、本当にあと1ヶ月で死ぬことになったら何を思うのか。ありのままを綴っていきたいと思うのでしょう。

息絶える場所。→ 病院だけは嫌だ。最後の最後までワクワクする場所に居続けたい。でも、本当に息絶えるのは、誰も見ていないどこかでひっそりと息絶えたい。ネコが死ぬときに姿を消す的な。

誰といたいか。→ 今、好きな人にいてほしい。そして、同じぐらい楽しい仲間と毎日楽しい日々を過ごしたい。昼間は仲間とワイワイ楽しく過ごして、夜は好きな人と添い寝したい。

死んだら。→ 遺骨は自由にしてほしい。水に溶かして飲んでもいいし、話題のダイヤモンドにしてもいい。海に放ってくれてもいいし、山に埋めてくれてもいい。その人なりに私の死を良い意味で割り切れる方法で処分してほしい。そして、葬式はやらないでほしい。

 

たぶんこれが目指すべき自分の姿

まあ、ほとんどの人はこれを「理想だ」とか「現実味がない」とか言うんでしょうね。

けど私はそう思わないんです。

余命1ヶ月って宣告を受けて、その時に自分が感じる「どうありたいか」って、究極的な自分の目指すべき姿なんだと思うんです。

「理想だ」とか「現実味がない」とか聞こえのいい言い訳を使って、その目指すべき姿から目をそらしてる気がするんです。

実際にあと1ヶ月で死ぬことはなくとも、自分の人生の進むべき道は1ヶ月で死ぬと思って考えた道と同じであるはず。

少なくとも私はそうでありたい。それが目指すべき自分の姿だと思います。

 

目指すべき姿を目指して

本当に1ヶ月で死ぬことはないでしょう。(風邪もほとんど治りました)

23歳で死ぬ設定も、今の調子ではきっと無事に24歳になれそうな気がしてます。

でも、これからも自分の生き方は「もうすぐ死ぬとして、その時にどう生きるのか」を軸に決めていきたいと思ってます。

「もうすぐ」の具体的な期間は、今までみたいに年齢区切りがいいのか、1ヶ月みたいな期間区切りがいいのか、それとも区切る必要すらないのか。その辺りのことは24歳になったら考えます。

今の時点で言えるのは、『今までも、これからも、目指すべき姿を目指して生きる』ということです。

大学院に戻ることも、新卒一括採用で就職することも、婚姻届を出すことも、マイホームを買うことも、自分の目指すべき姿にはそぐわない。だから、しない。

それが、私の生き方です。(そんなことを風邪で寝込んでる最中に考えてました)

 

ま、それよりも風邪引かないように生きたいものですね。

では、また!


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2017年5月27日その他

Posted by りょうかん