オピニオン

街のリソース(公共空間)はもっと自然に自由に使えば良い。

どうも、りょうかん(@ryokan_1123)です。

先日、鳥取県立図書館の司書・高橋真太郎さんが中心となり開催された「読みメンのおはなし会」を覗いてきました。

普段は図書館内で実施しているイベントらしいんですが、今回の会場は図書館のすぐ横の中庭スペース。屋外で開催するのは初の試みだったようです。

この中庭は、いわゆる『公共空間』と呼ばれる場所。このイベントを通して、「公共のお金でつくられ、維持されている、住民みんなの場」は、もっと自由に使えばいいんだよなと再認識させられました

沖縄市コザでは自由に使われてた

いきなり話は脱線しますが、先月訪れた「沖縄市コザ」の夜の街では、飲み屋の席が堂々と歩道にせり出していました

僕が写真を撮った場所は特に顕著(他の場所でもチラホラ見受けられた)で、車はおろか自転車で通ることすらも躊躇してしまうような雰囲気です。

この道が、国道なのか県道なのか市道なのか、僕にはさっぱりわかりません。しかし、コザの街の本当にど真ん中。さすがに「私道」ではないはずです。

滞在した5日間ずーっとこの雰囲気だったので、おそらくコザではこの風景が日常なのでしょう。他の地域から見ると異質な風景も、彼ら彼女らは全力で今を楽しむために街のリソースを使い倒しているだけだったりするわけなので。

沖縄市コザの飲み屋街の様子

RePUBLIC – 公共空間のリノベーション –

話を戻して。図書館司書の高橋さんが中心になって開催されたイベントの後、家の本棚から「RePUBLIC 公共空間のリノベーション」を引っ張り出して読み返してみました。

2013年に発売された本なので少し情報が古くなっていますが、公共空間の使い方の事例やアイデアがたくさん綴られている良本です。

そこに書かれていた「パブリック(public)」についての記述に、妙な納得感を抱いてしまいました。みなさんにも紹介しておきます。

「公共」を英語に訳すと「public/パブリック」。しかしその両者の間には大きな意味の隔たりがある。

イギリスのパブリックスクールが端的な例だ。アメリカのパブリックスクールは「公立」という意味だが、先にその概念が存在したイギリスではそうではない。かつてイギリスのパブリックスクールは、貴族階級が自分の子供たちを学ばせる場を、資金を拠出しあってつくったことに始まる。自分たちの子息だけでは少人数になってしまうので、共同生活を通じて社会性を学ばせるために公に公開することにした。これがパブリックスクールの起源。要するに「私立」なのだ

公に開かれた私立、ここに英語の「パブリック」という単語のコンセプトを感じることができる。このパブリックの概念は今の日本の公共の概念とはまるで違っている。

引用:RePUBLIC 公共空間のリノベーション

いかがでしょうか。「パブリック=公に開かれた私立」。僕はこの言葉にヒントがあるように感じました。

さらに、もう一節ご紹介しておきます。

「この空間は誰のものなのか。誰が管理しているのか」という、今までの所有からの見方ではなく、「この空間は誰のためにあるのか」という視点から眺めてみる。そこから新しい発想や動きが始まるのではないだろうか。

引用:RePUBLIC 公共空間のリノベーション

「この空間は誰のためにあるのか」。これもヒントになる言葉のように感じます。

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大事なのは「ウォンツ(Wants)」から考えること

ただし、「思考の順番」は間違えてはいけないなと思います

公共空間を自由に使おうという議論をすると、必ずと言っていいほど「公共空間で何ができるか。使いたい人に話を聞いてみよう」という話が出てきます。多くの街で実施されている「空き家活用」の話でも、同じ議論になる傾向が高いですね。

これらは「ニーズを探ってから、足りないものを補おう」という思考になっているのだと思います。もちろん、この思考で考えるべき事柄もあるでしょう。

しかし、全国の事例、そして身の回りの事例を見渡してみると、おそらくニーズから探る思考プロセスではうまくいかないことがほとんどです。

ではどうしたらいいのか。

僕自身が正解に近いように感じているのは、ウォンツを満たしていく方法。つまり、「○○がしたい!→ やれる場所の候補に公共空間がある」という思考のプロセスで考えるとうまくいきやすいんじゃないかなと。

当たり前と言えば当たり前な話ではあるんですが、そのためには市民側(使う側)も自分の実現したいことをもっと素直に言葉にしていかないとダメなのだと感じています。

現状を見ると、僕自身も含めて「どうせ出来ない」と無意識に考えることすらも放棄してしまっている人が多いです。公共空間をもっと活用していくためには、使う側の思考を柔らかくするところからアプローチする必要があるのかもしれません。

そういう意味でも、今回図書館司書の高橋さんが開催したイベントは、発想の幅を広げるための良い刺激を与える試みだったんじゃないかなと

このような試みの積み重ねこそが、街のリソースを遊びながら使い倒すような未来に繋がっていくような気がします。

僕自身も何か仕掛けてみようかなと思わされました。今後の高橋さんの動きにも注目し続けていこうと思います!

この記事が、何か考えるきっかけになれば幸いです。

では、また!

ABOUT ME
りょうかん
りょうかん
1990.11.23、鳥取生まれ。 NPO法人atamistaゲストハウスあなごのねどこホンバコ(オーナー)を経て、今。 全国を巡りながらブログで生活中。 / ✍noteも書いてます / 支援大歓迎