副業解禁。副業元年。2018年は「副業」について考える機会が増えてきました。
しかし、地方都市では副業をするのはまだまだ少数派。周りに副業をしている人が少ないためにリアリティがないのかもしれません。
でも、知らないだけでどこの地域にも素敵に副業をしている人はいる。そう、人口最少県の鳥取でも。
岸本 宏那(きしもと ひろな)
1977年生まれ、鳥取市出身
自家焙煎 燕珈琲 焙煎士兼店主
平日は普通の会社員をしている岸本宏那さんは、勤め以外の時間を使い、副業として「自家焙煎 燕珈琲」を営まれています。
自家焙煎の珈琲豆の販売。サイフォンで淹れるコーヒーでのイベント出店。浦富海岸での移動式トレーラーカフェの運営。そして、さらなる事業展開を……
副業の域に留まらない岸本さんと燕珈琲は、一体どこに向かって進んでいくのか。
この記事では、副業を始めた経緯や途中での苦労、家族や会社の反応、そして今後の展望などなど、4時間以上に渡るインタビューの内容から抜粋したものをまとめています。
全国の会社勤めの方に、副業を考える際の何かしらのヒントがあれば幸いです。
(聞き手:りょうかん)
取材日:2018年5月11日
珈琲焙煎を本格的にスタートしたのは3年前!?
── 今日は取材、よろしくお願いします!「燕珈琲」について、色々と聞かせてください。
岸本宏那(以下、岸本) なんか緊張するね!お手柔らかにお願いします(笑)
── こうやってゆっくりと食事をするのも初めてですもんね。今日は呑みながらということで……(笑)
岸本 そうだよね。なんだかんだ初めてだ。とりあえず熱燗を…(笑)
── さっそくなんですが、岸本さんの経歴を教えてもらってもいいですか?珈琲を始めたのがいつからなのかなど、知らないことだらけで…。
岸本 そうだな、どこから話せばいいか……。
3年前ぐらいかな、鳥取にスタバが出来たりして『珈琲』が動き出しそうな時期があったんよ。そんなタイミングの時期に、八頭で「駅中喫茶 ひとやすみ」を始めるという野々上さんからブレンドを作ってほしいと言われて。それが始まりだね。
── あっ、そうなんですか!?
岸本 そうなんよ。野々上さんとは用瀬の古民家で開催されたイベントで出会ってね。確か彼女は出張料理で参加してたと思うんだけど。
そのときはただのお客さんとして参加してたんだけど、話してたら仲良くなって。それで「珈琲の焙煎をしてる」という話をしたらお願いされたんよ。ほんとにそれが最初!
── そうだったんですね!ということは、それまでは珈琲に携わってたわけではない…?
岸本 趣味では焙煎をしていたけどね。でも、お店で提供する用に頼まれたから「これはしっかりやらないと」と思って、東京のコーヒーセミナーに参加したりして本格的に焙煎を習っていった感じかな!
── 本当にここ3年ぐらいの話なんですね…。もっと前からやっていたんだと思ってました。
岸本 勢いがあったのかもしれないね。けど、準備らしい準備はなにもしてなかった。
最初の卸先は「ひとやすみ」だけだったけど、いろんなイベントに出ることで知ってもらえて徐々に卸先も増えてきて今に至る感じかな。
── 貫禄というか…、長くやっているような雰囲気がありますよね。
岸本 でも「前からやってたと思ってた」とはよく言われるね!昔からやってます感が出るように、ショップカードの色なんかも工夫してカッチリ作ったりしたから、狙い通りっちゃ狙い通りかな〜
── 直近の1,2年はマルシェなどのイベントも多かったですしね。まんまと戦略にハマってしまってました(笑)
岸本 マルシェは本当に多かった!たまたまだけど運が良かったと思うよ。
とは言え、『美味しいものを出す』という部分だけはこだわってやってたからね。「美味しいから次も呼びたい」と思ってもらえるようにと。その連鎖が今に繋がっている気がする。
そもそも普段は会社員をしてるから営業にかける時間がないし、出先のイベントでなんとかするしかないという想いだったね。
浦富海岸のトレーラーカフェを始めた理由
── 燕珈琲と言えば、浦富の「トレーラーカフェ」の印象が強いんですが、本格的に焙煎をスタートした3年前から、どのように繋がっていったんですか?
岸本 あれもノリと勢いで(笑)そもそもは「移動するチョコレート工場」をやろうと思ってトレーラーを購入したんよ。製造許可もしっかり取得してね。
── えっ、元々は「チョコレート工場」にする予定だったんですか!?
岸本 そうなんよ!どこに置くかも全然決めてなかったんだけど。
そんなタイミングで、知り合いから「シフォンケーキを作っているんだけどなかなか売れない」と相談を受けて、「じゃあトレーラーあるし使う?」と話が進んで(笑)
で、その方が場所も見つけてきてくれて、トントン拍子でスタートした感じだったね。
── てっきり今の形を最初から想定してトレーラーを準備したんだと思ってました。でも、チョコレート工場案の時から『移動店舗』の形で考えていたんですよね?それはなぜだったんですか?
岸本 移動型するか店舗型にするかは悩んだよ。なんだけど、前に読んだ坂口恭平さんの本の中で『可動産と不動産』の話があってさ。それを読んで可動産の方がビジネスとして面白いんじゃないかと思ったの。
── 確かに「移動ができる可動産ビジネス」は、トレンドになりつつありますもんね。
岸本 店舗を構えるとしたらすごい力がいることはわかるじゃん。それは副業でやっている自分のスタイルじゃないし、移動式ならできる日だけ開ければいいやって思って。
それで、あのトレーラーを2年前ぐらい買ってしまった。キャッシュで一括ドカンと。
── キャッシュで買ったんですか!?借入とかではなく!?
岸本 そうだよ!借入するのはずっと返済し続けるのが嫌だったから考えなかった(笑)
でも、こういう時にキャッシュで買える余裕を持てるのが、会社員をやりながら副業でやってる強みだとも思うね。
── たしかにその強みはありますよね。でも、「トレーラーカフェ」の運営はどうやってされているんですか?
岸本 去年の1年間は、トレーラーだけ貸して運営してた。使用料を売り上げのパーセンテージでもらう形。
でも、大変だね。集客とか天候に左右されちゃうから。梅雨の時期とかだと、月の半分ぐらいは閉まってるんじゃないかってぐらいの勢いよ。
── 営業日はどうされてたんですっけ?
岸本 定休日は決めてなくて「雨の日と風の日は休みます」とアナウンスしてた。営業時間も「陽が沈むまで」というゆる〜い感じで(笑)
── 天候による影響を逆転の発想でうまく活かしてますね!今年から運営スタイルを変更した点とかありますか?
岸本 今年からバイトさんを雇って運営するようにしました。だた、やっぱり人件費が発生すると経営的には難しいね。お客さんが来なくても固定で支出があるわけだから。
でも、一人では限度があるし、他の人が入ることでいろんな意見も出る。そう思って挑戦してみてます。
地元の人に珈琲豆を買ってもらいたい
── トレーラーの雰囲気だけじゃなく、あの場所の空気感全てが素敵ですよね。ロケーションの妙みたいなものも感じます。
岸本 おかげさまでそう言ってもらえることも多いんだけど、あれも戦略でもなんでもないんよ。近所のおっちゃんに「お前こんな場所でするとかバカだな~」って笑われたぐらい(笑)
テーブルとか椅子なんかも、セッティングもめんどくさいから流木で作ってみたらいい感じになっただけだし。
── いやいや。あの空気感を生み出せるのはやっぱりセンスだと思いますよ。
岸本 そんなこともなく、正直「燕珈琲の半分は『運』で出来ている」と思うよ。
あの場所を見つけたことも運だけど、スタートしたタイミングでちょうど良く『インスタ映え』が流行り始めてマッチしたりとか。本当に運が繋がってる感じがする。
— たしかにタイミングはバッチリでしたね。今年以降も順風満帆じゃないですか?
岸本 そうでもないと思うよ。あと数年で自動車専用道路が開通するでしょ?
今は交通量もそこそこあるし、道からパッと見えるからある程度は計算ができるけど、専用道路が完成したら厳しい。
(参考)トレーラーカフェのある浦富を通っている国道9号線。近々開通する予定の自動車専用道路の完成後は交通量が激減すると予想されています。
── 今の客層は車で通りかかった人が多いんですか?
岸本 そうだね。課題は「地元の人が少ないこと」だと思ってて。だから、今年の目標は「地元の人に来てもらって珈琲豆を買ってもらうこと」にしようかと。
── 珈琲を飲んでもらうのではなく、珈琲豆を買ってもらう方に重点を置くんですね。それはなぜですか?
岸本 やっぱり珈琲一杯の単価って知れてるからさ。経営的にも豆を売る方が良い。
あと、あの辺で焙煎した豆を売っている店ってほとんどないんよ。珈琲豆って通販ではなかなか売れなくて、実際に飲んでからじゃないと買わない。
大体は地元に行きつけの店があるんだけど、ここは周りに焙煎した豆を売っている店がない。そこは狙い目じゃないかと思ってる。
これからは「チョコレート」を本格化
── 話は変わるんですけど、「燕珈琲」という名前にした理由を聞いてもいいですか?
岸本 うちの工房にね、毎年ツバメが飛来して巣を作ってくれていて。ツバメは天敵から身を守ってくれるところ、つまり「人の気配があるところ」にしか巣を作らないって言うじゃん。あと、一度巣を作ると同じ場所に何度も帰ってくる習性もある。
だから、人が集まるから縁起が良いという意味と、フットワーク軽く賑わうところに行けたらという意味と、何回も同じ場所に行けたらという3つの意味で、ネーミングしたの。自分で言うのもあれだけど、良い名前よね(笑)
── ストーリー込みで良いネーミングだと思います! でも、珈琲と言いつつもチョコレート工場もやろうと思ってたんですよね? 今後はチョコレートに進出する予定なんですか?
岸本 そうそう。実はもう始めてて(笑)
パッケージやっとできたけど、販路とか、色々難有り
デザイナーさんの秀逸な作品で世界を狙える雰囲気#chocolate #販路絶賛募集中 pic.twitter.com/DZqhysrE8h— 自家焙煎 燕珈琲 (@tsubameroaster) May 9, 2018
── おぉ!めっちゃ素敵!! 特徴としてはどんなチョコレートなんですか?
岸本 材料としては「カカオ豆」と「きび砂糖」と「カカオバター」で作ってて、食感はガリッガリでカカオのつぶつぶ感がある感じかな。
カカオ豆をすりつぶす作業(コンチング)をあまりしてないから、カカオの粒がしっかり残ってる。あんまりない食感で香りも良い。世界を狙おうと思いながら作ってるところかな。
── 食感が特徴的なだけでなく、パッケージも良い雰囲気ですね! 東京の代官山で売ってても違和感がない感じがします。
岸本 パッケージは、カカオ豆のつぶつぶ感とか手作り感を意識してデザインしてもらったの!良いよね!
型のサイズも万人が綺麗と思う「黄金比」で作ってもらったりして、かなり投資しながら準備してる!
── めちゃくちゃ良いと思います!プレゼントとかにも良さそうですよね。この構想はどのようなきっかけで考え始めたんですか?
岸本 チョコレートの構想自体は、2年目ぐらいにから考え始めたのかな。きっかけは、鳥取県立図書館の高橋真太郎さん!
(参考)鳥取県立図書館はビジネス支援サービスなど独自の施策を打ち出していることで有名。中でも高橋真太郎さんは、親身に相談に乗ってくれると大人気な司書さんです。
── 高橋さんがきっかけなんですか? 図書司書さんからどのように…?
岸本 珈琲についての相談に行った時に「ニューヨークでチョコレートが流行ってるらしいですよ!」と言われて(笑)
それで、チョコの本を借りて、ネットで買ったカカオ豆を焼いてみての。で、それをコーヒーミルで挽いてみたらめっちゃ良かったんよ!そこからチョコの研究を本格的に始めたという流れですね。
── そうだったんですね。高橋さんのアドバイスもさることながら、すぐに取り入れる岸本さんの貪欲さもすごい…。今後の販売戦略も考えているんですか?
岸本 鳥取で販売するんじゃなく、鳥取の外で販売していきたい。鳥取には外で評価を得てから逆輸入的に入ってくるパターンにしたいなと。
鳥取の人の特徴は、最初は盛り上がるけど冷めるのも早い。だけど、外から評価されているものには長く興味を持ち続けるから、その戦略にしようと思ってる。まずは梅田のお店にサンプルを送ってみたりしながら、徐々にスタートさせてる感じだね。
心の充足を求めて、できることをやる。
── 燕珈琲の活動について、ご家族はどんな風に反応されてますか?
岸本 そうだな。奥さん自身も自分で好きなことをやってるからお互いに自由に活動してる感じかな〜。2人いる子どもは、両方高校生になったから何をやってるのか理解はしてると思うけど、たぶん何とも思ってない(笑)
── お子さん、2人とも高校生…。
岸本 22歳の時には子どもがいたからね。早い方だったと思うけど、今思えば逆に良かったよ。自分は40歳でまだ体力的には動けるけど、子どもはすでに高校生になってるから今後はより自由が出てくる。
── 経済的にも時間的にも、今後はより自由度が増してくるわけですもんね。羨ましい! 副業していることについて、会社の反応はどうですか…?
岸本 特に何も言ってないからわからない(笑)
規約を読んだら大丈夫な感じだったから何に言わずにここまでやってきてるけど、イベント先に社長が来たときは「ヤベー!」って思ったね(笑)
── 社長も何も言わないというのは寛容な会社ですよね。ちなみに、会社を辞めようとは考えないですか?
岸本 この1年は考えるかも。でも、チョコレートが軌道に乗ってきてからかな~。
でも、こっちの活動の方が面白いし、一生は一回しかない。どっちに時間を割くのが良いのかとかは考えるよね。燕珈琲の売り上げが会社員の収入をぶち抜いてくれたら全然辞めるんだけども(笑)
── チョコの販売が始まれば、一気にぶち抜きそうな気も……。
岸本 まあすぐにそうもいかんからね。でも、時間は足りないなと思う。
4年前にお母さんが脳梗塞で急死したんだけど、その時にお父さんが「死ぬまでに色々しとけば良かった…」と悲しんでるのを見てさ。それから本気になろうと思って。いつかは死ぬんだし、やれることは限られてるけど、今できることをやるしかないなって。
── 胸に響きます…。その想いがあるからこそ、運を呼び込んだり繋がりが連鎖したりするのかもしれないですね。
岸本 去年ある人から「3年目に一生を謳歌するほどの財を成す」と言われたことがあってさ。財ってなんだろう…、と思ってたんだけど、最近本を読んでて『財とは人の繋がりや人間としての魅力を分かち合える仲間のこと』じゃないかという結論にたどり着いたんよ。
── 財とは人の繋がり。いい言葉ですね。
岸本 結局は「縁(えん)」が大事なんだよね。心の充足が財産になるというか。今の自分の活動を楽しいと思っていたら、それは周りに伝わるし心も満たされていく。それで経済を回せれたらなお良いよね。
── 最後に岸本さんの原動力を垣間見えた気がしました!
岸本 今日のこういう場も「縁」だと思うしね。苦しいときもあるかもしれんけど、その中にも楽しさがある。この先に光があるかもと思えるから、たぶん間違いじゃないと思うな。
── 本当に素敵な時間だったなと思います!今日は長時間、ありがとうございました!
岸本 また呑みに行こうよ!
燕珈琲の手作りチョコレート「bean to bar chocolate」は、WEBショップで購入いただくことが出来ます。この記事を読んで食べてみたいと感じた方は、ぜひこちらよりご購入ください。
文章:りょうかん
撮影:Ayako Hiragi
会場:居酒屋かたつむり