「尾道は好きな要素がたくさん詰まってる。ここはユートピアだ」 移住してきたばかりの勝田誠が目指す自身の将来の姿とは?

2017年5月28日インタビュー, 尾道

どうも、りょうかん(@ryokan_1123)です。

街中が移住者で溢れている全国でも珍しい街・尾道。この街の何が移住者の心を惹き付けてるのか、少しずつ核心に迫るべく実際に移住して来た人にインタビューをしています。

第五弾の今回は、私の知る限り最も最近尾道に移住された勝田誠さん。なぜ彼は尾道を選んだのでしょうか。

IMG_20141110_160703

勝田 誠 (かつた まこと)
今年の10月に尾道に移住。
【34歳、独身、無職】

— 自己紹介をお願いします。

勝田誠、34歳です。出身は新潟県の佐渡で、東京に10年ぐらい住んで音楽をやってました。それから音楽を辞めて東京で就職し、今年の春から大阪に移る予定でしたが、その仕事を辞めて尾道に来ました。

— 僕が知ってる限り、1番新しい尾道の移住者です。移住は元々考えていたんですか?

震災以降なるべく西の方に移住したいなっていうのはずっと考えていて、ただなかなかきっかけがなくて。その当時は彼女もいて結婚しようと思って働いていて。

でも仕事が全然つまらなくて。彼女とも結婚しない、別れようっていうことになって。それで、「よし、動こうかな」っていう感じ。

— 大阪には転勤が決まっていたんでしたっけ?

辞めようと思っていたのは、実は1年前以上前からで。でも「辞めます」って言ってから実際に辞められるまで1年ぐらいかかって。その途中でうっかり転勤までしちゃって(笑)

大阪は住んだことがなかったから、住んでみるのも面白いかなとは思ってた。

— 辞めるって言ったあとに転勤が決まるってなんか不思議ですね。

本当は、辞めるタイミングで大阪にヘルプが欲しいから1ヶ月ぐらい行ってくれないかって言われてて、行ってみたら結構大阪が面白くて。これならあと半年ぐらいはやってもいいかな〜って思ってたら、そのタイミングで関連会社(クライアント)に誘いを受けて転職をすることになって。

その勤務地が東京で。東京に戻るのか〜って悶々としてて。

元々前の職場を辞めたら『自転車で旅をしよう』って決めてたから、転職までの期間は1ヶ月間しかなかったけどその期間にやろうと思って。本当は日本一周したかったけど、とりあえず大阪から友達のいる沖縄まで、っていう風に区切って。

— それで尾道にも立ち寄って。

色々寄ったんだけど、尾道のことは最初全然知らなくて。なんとなく良いっていう話と、しまなみ海道が自転車乗る人はみんなトライするから知ってるぐらいで。本当はスルーしてもいいかな、とか思ってたんだけど(笑)

でも、今回行かなかったら、もう行く機会は絶対に無いなと思って。

それで来た時に、あなごのねどこに泊まって、ここに居た人たちと仲良くなって。それでもう少し尾道を見てみたいなと思って、もう一泊延長することにして。

2泊目はYADO CURLYに泊まって。そこでみくくん(次回インタビュー登場)とか村上さん(チャイサロンドラゴン店長)に出会って。

その後、また旅立って沖縄まで行ったんだけど、行く途中途中で面白いところはたくさんあって。

— 例えばどこが面白かったですか?

大分の竹田市とか。そこにエコビレッジを作りたいっていう女の人がいて。京都に旦那さんを置いて子どもと2人で大分に移住してきました、みたいな人なんだけど。その人を訪ねて行って。

得体の知れない初対面の人を快く泊めてくれて。かなり熱い人で「これからこうしていきたい!」みたいな話をたくさんしてくれて。

でも、大分にいたら「熊本も面白いよ」とか「あの人に会ったら?」とか「あの場所行ったらどう?」とか、いろいろ教えてくれるから時間は足りなかったよね。もっと長い時間かけて旅したいな〜っていうのは結構あったかも。

— そうやって色々と行って見て聞いた中で、尾道を選んだのはなんでなんですか?

んー、なんだろうな……。1番は”人”かな。

すごい表面的な話をすれば、自転車で旅をしてて、音楽も好きで、大学もデザインをする学校行ってて。尾道にはクリエイティブな人が多くて、しまなみ海道もあるから自転車乗りも多くて、音楽好きな人も多い。だから好きな要素がたくさん詰まってる。

でも1番はやっぱりで、言ってしまえば『ここはユートピア』というか。

良い意味でヤバい人がたくさん居るし、日々そういう人に次々出会うし。

— どこに隠れてたんだ!?ってぐらい溢れ出てきますよね。

それと東京で就職して生きていくっていうのはなんか違うなと漠然と思ってモヤモヤしている部分があって。 「どこに住もうか 」とか「どういうことをして生きていこうか」とか凄い考えて。

 それを探したくて旅をしたら、綺麗すぎるぐらいスポーンって見つかったというか。尾道は住む場所としては本当に最高で。

自分は何か1つ極まってるものがあるわけじゃなくて、中途半端にあれもこれも好きだしやりたいしって感じなんだけど、そんな中途半端な状態の自分でも受け入れてくれるキャパがあって。

それは地元の人もそうだし、空きP(NPO法人空き家再生プロジェクト)の人もそうだし、移住してきた人もそうなんだけど。みんなオープンでクリエイティブな人が多くて。

「なんか自分でも出来そうだな」っていう風に思ってきた。

IMAG0942

— 今は何をしようかというのはまだ決まって無い状態ですか?

旅をしていて1番しっくりきたのは『ゲストハウス』かな。自分みたいな考えの人、モヤモヤしてる人っているはずだけど、みんなどうしてるのかな?って。

音楽をやってる時はそういう人もたくさんいたんだけど、会社に入ると(会社の人はいい人なんだけど)やっぱり合わない部分もあったりして。

まあ例えば、仕事はなんでやってるかって言えば食うためにやっている。自分の好きなことは趣味でやるか、最悪出来なくてもいい、っていう感じで。とにかくお金のために働いてる。二言目には年収の話が出てきたりとか。

俺はすごい生きづらいな、と思ってるの。そうやって自分みたいに考えてる人がどこにいるんだろうって思った時に、旅の中でそういう人にたくさん出会って。

そういう人と1番出会えて話せるのが、ゲストハウスだった。それにゲストハウスにいれば、人と人を繋でいく役割も出来るな、って思って。だからゲストハウスをやりたいってのは1つ大きなのがあって。

— なるほど。

でも、尾道にはもうたくさんあるから別の場所でやってもいいかな、って思ってる。

それで、尾道で何がしたいかって言うと、今はいろんな所に行って、いろんな人に会って、イベントに顔を出したりしていて。あとは空きPの人たちの仕事をボランティアで手伝わせてもらったりとか。

1番やりたいと思ってるのは、自分の家なりお店なり、自分で改修して自分でやりたいと思ってる。

ただ、そのスキルやノウハウが何もないから、それを身につけたいな、と思ってる。

今は仕事をしてお金を稼ぐってよりも、インプットするつもりで。尾道で吸収できるものは吸収したい。

理想は、尾道でやるなら民族楽器とかを手作りするようなお店をやってみたいかな〜。

ある程度形になるところまで1回やってみたいなっていうのがあって、そのスキルを持って、全国のこれから盛り上がっていく街に行ってもいいし、地元に戻ってもいいし。

— じゃあイメージ的には、尾道で修行を積もうみたいなことですか?

そうだね。まああんまり先のことはわからないけれども、尾道のことはもの凄く好きだからずっと居たいとも思うけど、でもせっかくだからいろんな土地に住んでみたいってのもあるし。元々根無し草なわけだから(笑)

— そういう人には東京は合わない気もしますよね。

でも、自分はアクションを起こしたから何か変化が生まれたけども、ずっと悶々としてた時期もあったし。今、そう思ってる人もたくさんいるはずで。

意外とそうじゃないと思ってた人たち、しっかり会社に勤めてる人たちに、「仕事を辞める」と話をしたら「もったいないじゃん」って言ってくれる一方で「実はそういう生き方に憧れるし羨ましい」って言ってたりもして。

理解を示してくれるんだけど「やっぱり自分には出来ないから」って言う人も多いんだよね。

— 憧れるって言われますよね。僕は研究室の担当教授に言われましたもん。「岡田くんみたいな生き方、憧れるけど、出来ないね」って。

出来なくないと思うんだけどね。やっちゃえば出来るのに。やるかやらないか、だから結局。

— でも、それをやらない人には言っても何も響かないので、僕は最近は苦笑いしてます。「一歩踏み出したい」って言ってきてくれた人にだけ後押しするスタンスでいようかなって。

そこを誰かに強要しても仕方ないからね。でも、強要するつもりは毛頭ないけど、アクションを起こした人にしか変化が訪れないっていう話もなんか寂しいなって思ってて。

まだどういう形か具体的には決まってないけれど、移住を考えてる人を積極的に支援するとか、情報だけでも上手く発信するとか、もうちょっとキャッチしやすい形で。

今はまだ自分で真剣に調べたり、足を使って実際に来ないと、辿り着かない状態で。尾道の情報も、足を運んで生でいろんな人に会って初めて得られるものとかも多いから。

そこに辿り着くまでのハードルって意外と高く設定されてて。「そんな殻は破ってしまえばいいんだよ」って尾道に住んでる人は言うかもしれないけれども、それが難しいって気持ちも俺はよくわかって。そういう人に対して少しでも何が出来ないかな、と。

それで、自分の借りている長屋に移住を考えてる人に一緒にシェアして住んでもらったりとか、自分で家を直すことになったら手伝いに来てもらってもいいし。移住の半体験みたいなものをしてる。自分もすごくフォローしてもらったから、それを次の人たちに繋いでいきたいな、って想いもある。

もう基本的には百姓になりたいな、と。

— 百姓ですか!?

農業やる人って意味じゃなくて、まあ畑もやりたいと思うけれども、『百の仕事を持つ者』っていう意味での百姓になりたいと思ってて。

「会社を辞めるのはもったいない」と言われたけど、「これでいいのかな」って思いながら時間を費やすことの方がもったいないと感じたし。

あとはリスクだと思った。家を持っても地震で倒壊してローンだけ残るかもしれない。会社に勤めてても倒産するかもしれない、クビになるかもしれない。そう思った時に、僕は営業の仕事をしていたんだけれども、あまりに生活力がないと感じた。

それで百姓みたいに、農業で例えると、今年は大根があまり採れなかったけど白菜がたくさん採れたから生きていけるみたいな。何があっても別のことで生きていけるっていう生活力みたいなものを身につけたいな、と。

— 百姓って例えいいですね。僕も同じように考えてて、食い扶持がたくさんあればあるほどリスクヘッジになると。旅をしていて思ったのは、あちこちに家があるのっていいなって。何かあっても行く場所がたくさんあるから。

どこで何があるかわからないってのは、震災が象徴的だけど、証明されているわけで。

その時に離れられない人の気持ちも状況もわかるけど、今はステップが軽い身でいられるからこそなるべくリスクは分散しておきたい。

だから、1つのことだけしか出来ない会社員になるのは……リスクだし、つまんないよね(笑)

— それ大事な点ですよね。楽しいことをたくさんやってる方が、人生は間違いなく充実するし、何かあった時の潰しが効くはずなんで。

例えば、空き家を再生する術ってものをある程度身につけたら、家を持ってなくても、どこかで安い金額で家を手に入れて再生して住むとこまで出来るわけで、あんまり怖くないというか。それを他の土地に行ってやればいいだけで。

それを1回やり切るってのはすごい自信になると思うわけ。それを尾道はすごいやりやすいんだよね。

尾道を見ていて、羨ましいと思う反面悔しいなと思うのは、その部分のハードがしっかり出来ている。移住する身としては、すごい入りやすいと思う。ただ、すでに出来上がっちゃってるから、その点は悔しいかな。自分で立ち上げるところからやりたかったなっていう所はあるから。

今から他の土地に言っても出来るわけじゃないから、尾道でマスターして、他に行くみたいな。

若ければ若いほどもちろん残された時間は長いけれども、じゃあ34歳から始めて遅いかって言ったらそんなことは全く無いと思ってて。

— 何か始めるのに、今日が1番早い。

そうそう。

IMAG0940

— 最後に。尾道は色々なチャレンジをしている人がいて、そんな人が更なる移住者を呼んでる状態になってきていると思うんですが、尾道が上手くいき始めて他の地域がなかなか上手くいかない理由って何だと思います?

この間、(漫画家であなごのねどこ初代寝床長の)つるさんと話をしていたのは、立地が凄い良かったんじゃないかってのがあって。

尾道って今まで何度か栄えた実績があって、港町で気候も安定してて大きな災害も無くて。街として栄えやすい環境にはそもそもある。水路もあって、高速道路もあって、新幹線も近くを通ってて。

そして、駅の近くに空き家・空きスペースがこれほど密集している場所って他にはあまりなくて。それが良かったんじゃないかな。あとはそこに人が入って、面白そうなことにアンテナ張ってる人が来るようになればあとは雪崩式に入ってきている状態になってきたんじゃないかと。

— なるほど。駅近で空き家・空きスペースが密集しているっていうのは大きな要因かもしれないですね。本日は、ありがとうございました!


他の記事も読んでみてください!

【第一弾】

【第二弾】

【第三弾】

【第四弾】

【第六弾】

The following two tabs change content below.
りょうかん

りょうかん

オーナー経営者Book Cafe ホンバコ
1990年生まれ、鳥取育ち。 「Book Cafe ホンバコ」のオーナー経営者。 プロフィールをより詳しく知りたい方は、こちらをお読みください。  個人株「VALU」もやってます→【りょうかんのVALU

2017年5月28日インタビュー, 尾道

Posted by りょうかん