「飲食店は2年以内に半分がつぶれる」
「10年後に生き残っているのは1割だ」
そんな話を聞いたことはないでしょうか?
僕自身、飲食店経営をしていた経験があるので、この言葉は聞き飽きるほど耳にしました。そして、僕は3年でお店を閉じました。
「どうしたら続けていけたんだろう」
「もっとやれることはあったのかも」
この経営者特集を始めたのは、そんなことを探りたかったという裏の経緯があります。
そんな中、今回お話をうかがったのは、創業40年以上の名店「伊太利an」のマスター。
原 芳久(はら よしひさ)
1951年生まれ、熱海市出身
伊太利an 店主
「40年も続けていたら辞めたくなったこともあるだろう。そこで踏ん張れた“何か”を聞いてみたい」
そう思ってインタビューに望んだのですが、答えは少し意外なものでした。
『一生懸命やってない』
『自分のペースは崩さない』
『先のことは考えてない』
『ダラダラと続ける』
『自分がやりたいことしかやらない』
原さんの語った意外な答え達の中に、飲食店を長く続けている秘密が見えた気がします。そして、まちづくりを考える上でのヒントも隠れているような…。
(聞き手:りょうかん)
取材日:2018年6月4日
最初は「伊太利庵」のつもりだった
── 忙しい仕込みの時間にありがとうございます。まずは簡単に自己紹介をしていただいてもいいですか?
原 熱海出身の原芳久(はらよしひさ)です。お店を始めたの1976年だったかな。当時は25歳だったと思う。
── 自分でお店をやろうと思ったきっかけは何だったんでしょう?
原 大学を病気で中退して、療養した後に湯河原の「マリン馬」(注:旧店舗時代)というレストランバーでアルバイトを始めたんだけど、それがお店をやろうとしたきっかけだね。
── ここにしようと決めたのは?
原 先々代からこの場所でお店をやってたらしいんだけど、その時はもう使ってなくてね。家賃を払っていけるかも不安だったし、持ち物件のここでやってみようかなって。
始めた頃は糸川あたりも少し寂れてきててさ。どこのお店も扉を閉めて外に光が漏れないから、ここはガラスばかりにして外に光を出してやろうと思ったりして。
── その当時からこの店舗デザインだったんですか!? 素敵すぎる……。
原 いい設計屋さんに出会ったんでね。設計屋さんというか芸術家かもしれない。この壁だって、地元の左官屋がリクエスト通りに塗れないからって、自分で指導しちゃってたからさ(笑)
それに、店に愛着を持たせるためにオーナー(施主)にも手を掛けさせたいって人だったから、この照明の傘は俺が作ったやつだったりするんだよ!
最初は「お金が貯まったら買い換えよう」と言ってたんだけど、世界にひとつだからね。気に入ってずっとそのまま使ってる。
── すごい!素敵じゃないですか!!
原 お店の名前ロゴの字体も、その人が手元の紙にササッと書いたやつだからな!
それもよ、最初は「庵」という字が使いたくて『伊太利庵(イタリアン)』にするつもりだったんだ。それを「“庵”は字が重たいから“an”にするべ」って、今の『伊太利an』にしちゃってよ(笑)
── そうだったんですか!(笑)
原 まあ気に入ってるからいいんだけどさ(笑)
続けるコツは自分のペースを崩さないこと
── お店を始める前から料理をするのは好きだったんですか?
原 そうだな。昔から好きだったと思う。親父がレストランをやってたから、子どもの頃から自分でもカツ丼とかチャーハンとか作って食べたりしてたからね。
── そうだったんですね。その中で、お店のテイストをイタリアンメニューに絞ったのはなぜだったんですか?
原 イタリアンというか、ピザとかスパゲティとかが好きだったんだよね。それとチーズが大好物で。「マリン馬」でもピザを出してたから、そういうのを参考にして決めていったのかな。
オープン当初は14時間ぐらい(昼12時から深夜2時まで!!)営業してたんだけど、ピザは手で伸ばして焼いてるし、スパゲティも麺から茹でて作ってる。そうすると注文されてから提供するまで15分も20分も時間がかかるから、ランチを辞めて夜専門にしてね。
── 始めてから辞めたくなる時期はなかったんですか?
原 店は嫌いじゃないからね。辞めたくなることはなかったな。そんな一生懸命やってないのもあるんだけど(笑)
やんなきゃいけないという気持ちもなくて、自分のペースは崩さないからストレスも一切ない。
── 大変だったこともないですか?
原 あるのかもしれないけど、あまり感じてないよね。スタートした時が、オイルショックのあとの不景気だったからね。これ以上悪くなることはないと思って始めたのも良かったんだと思うよ。
── 事業を始めるのは不景気の時が良い、と聞きますもんね。
原 景気の良い時期を知ってると、暇になった時に一気に不安になる。だけど、不景気の時に始めれば良くなる一方だし、もしずっと不景気でも当たり前だと思えるからね。
熱海の旅館が辞めていったのは、そういう理由も多いみたいだよ。
── 最近の熱海はどうですか? 僕が住んでいた5年前からでも、観光客は増えた実感があるんですが。
原 machimoriの市来と市役所の山田が頑張っているから、熱海に人自体は来てると思うな。だけど、昼間の店は混んでても、夜の店にはあまり還元されてない感じもある。
絶対数は来てるけど、日帰りも多いし、お土産を買うことも少ないから、客単価は上がってないんじゃないかな。
── 言われてみれば、僕の知り合いも熱海に来ても日帰りが多いかもしれないです。
原 うちの店は食事が出来るからまだ来てもらえるけどね。最近はMARUYA(ゲストハウス)で紹介してもらってなのか、夜に1人で食事をしに来る人も増えた気がするね。
自分のやりたいことしかやらない
── 話は変わるんですけど、今後いつまで続けていこうかとか考えたりはしますか?
原 先のことは考えてないな。出来なくなったら辞める。自分の子ども達は他のことをやってるから、俺が辞めればこのお店も無くなると思うよ。俺は好きだから続けてるけど、休みも少なくて拘束時間が長いものを人に勧められないしね。
── 遅い時間まで営業されてますもんね。体力的にも……。
原 バイト時代から考えれば50年やってるからね、慣れたもんだよ。夜の方が好きだし問題ない。逆に朝起きるのがツラいかな(笑)
まあゆくゆくは、今の25時閉店から閉める時間も早めていくとは思うよ。今でも定休以外の日も休むようにしてるしね。
── マイペースに、ということですかね?
原 この歳になるとね。若い頃は休むという感覚がなくて、お店を始めた以上はやってなきゃいけないという想いが強かった。
でも、頑張りすぎると疲れるだろ? だからガムシャラに一生懸命頑張らない。何があるかわからないから、常に2〜3割は余裕を残しておく。この空間に居てダラダラしているのも好きだからね(笑)
── そのスタンス、素敵ですね。
原 ほんとは良くないんだろうけどな。でも、趣味のギターや将棋も、頑張ってはないんだけど高校の時からずーっとやってる。
そんな上手くないけど、ギターは一応人前で演奏してるし、将棋では伊豆名人を取ってるからね。だから、才能があるわけじゃなくても、ダラダラと続けてればそれなりのレベルにはなる。
── 無理して頑張るより、コツコツ続ける方が遠くに行ける。深い話ですね。最後になるんですが、今後の熱海についての想いなどがあれば聞かせてください。
原 そういう大きいことは考えてないな~(笑) 個々のお店はとりあえず自分のことを頑張る。そういう人やお店が集まれば、良い熱海になっていくじゃないかな。
うちも閉めちゃうとこの周辺が暗くなっちゃう。そうやってお店を続けることが熱海にとってプラスになればというぐらいの気持ちで気楽にやってるだけだからさ。
── 原さんのスタンスが滲み出てる感じがしますね。
原 熱海のことは考えず、まずは自分のこと。自分がやりたいことしかやらない。
大きなことを考えて無理せず、自分が楽しいことだけをやっていく。俺に言えるのはそれだけだな(笑)
── 良い言葉をありがとうございました! また熱海に来るときにはピザを食べに来ます!
原 芳久(はら よしひさ)
1951年、静岡県熱海市生まれ。大学を病気で中退。その後、湯河原の「マリン馬」などで約3年ほどアルバイトとして働く。1976年から熱海の糸川沿いで「伊太利an」を始め、今日までマイペースに運営を続けている。
ピザハウス 伊太利an
住所:静岡県熱海市中央町7-6
営業時間:17:00~25:00
定休日:水曜日
予約:0557-81-3228
WEB:http://itari-an.com/
(この記事は、独自制作した特集記事です)
文章/撮影:りょうかん
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