高齢化率40%以上。全国でもトップレベルの課題先進地域でもある熱海市。
しかも、家々が斜面地に建ち並ぶ。高齢者にとっては暮らしにくい条件が揃っているように思います。
ですが、熱海に暮らす高齢者・歩行困難者には心強い味方がいます。それが、今やライフラインとも言える存在「介護タクシー」です。
今回は、熱海市を中心に介護タクシー事業を手掛ける「株式会社伊豆おはな」の代表ご夫妻に、お話をうかがってきました。
株式会社伊豆おはなは、外出困難者の行動範囲拡大と救急車の適正利用を目的とした訪問介護・介護タクシー・患者等搬送事業を手掛けている創業6年目の会社です。
僕が知る限り、熱海に縁もゆかりもないところから移住して創業した、という稀有な例でもあります。
見知らぬ土地に移住を決めた理由、そして創業に至った経緯、事業を続ける中でぶつかった困難への対処、今後のビジョンなどをお聞きしたんですが、河瀬ご夫妻の言葉からは確かな「想い」を感じました。
(聞き手:りょうかん)
取材日:2018年6月4日
熱海で求められている仕事をしたかった。
── お忙しい中、インタビューの時間をいただきありがとうございます。まずは、おひとりずつ自己紹介をお願いしてもいいですか?
河瀬豊(以下:河瀬) 1970年1月1日、東京生まれ、48歳の河瀬豊(かわせゆたか)です。東京でサラリーマンをしてたんですけど、2011年に中古のマンションを熱海で買って、週末移住するようになりました。
2013年に完全移住を決断して、2月に仕事を辞めまして、約10ヶ月間の開業準備期間を経て、12月に株式会社伊豆おはなを開業しました。
河瀬愛美(以下:愛美) 1976年1月2日、横浜生まれの河瀬愛美(かわせあいみ)です。看護師の資格を持っていて、夫が始めた介護タクシー事業を一緒にやっています。
── 熱海にマンションを買うことにしたきっかけは、何かあったんですか?
河瀬 夫婦2人とも海が好きで、いつか海の近くに住みたいというのがあったんですよ。
マンションを買った2011年というのは、震災の影響もあって海沿いの物件の価格が落ちててね。ちょうど実家の住宅ローンを完済したタイミングだったので、思い切って買いました。
── その時点では、熱海で起業することは考えていたんですか?
河瀬 当時は考えてなかったね。単純に週末だけ来て満足してました。
── その状態から起業を意識するに至ったタイミングというのはいつだったんですか?
河瀬 熱海に週末移住をするようになった翌年に、熱海銀座に「CAFE RoCA」がオープンしたんです。そこを運営していた市来さんを通じて、実際に熱海で事業をしている方々と出会うようになって。
それこそ親子五代も続いている釜鶴の二見一輝瑠さんや、自分と同じく移住者でもある光村智弘さんなど、熱海で事業をされている方と知り合いになったことで、「自分も熱海で何か仕事ができたらいいな」と思うようになっていった感じですかね。
── 熱海で何か仕事ができたらと思い始めたところから、今の「介護タクシー事業」を思いつくまで、他の事業を検討されたりもしたんですか?
河瀬 色々考えたよ。それこそ『雑誌アントレ』などを読んだりして。で、色々と考えているうちに、「あったら便利だけどなくても困らないもの、ではなく、ちゃんと求められていることで事業化したい」と思うようになってきて。
どうせ移住して起業するのなら、熱海で実際に困っている人がいて求められてる仕事をしたかった。
── 求められている仕事をする。それが「介護タクシー」だと感じたきっかけはあったんですか?
河瀬 そういう目線で熱海を見たときに、坂や階段が多くてお年寄りが多いというのを感じたんですよね。熱海の高齢化率はその当時で42%。今になっては45%と増えていっているぐらいだから。(注:75歳以上の後期高齢化率は驚異の25%!!)
うちのマンションでも、住んでいるお年寄りが急な階段の登り降りに苦労していたり、車椅子を大変そうにタクシーに乗せていたりして。それで「介護タクシーが必要とされているかも」と思って、この事業に決めました。
赤字の時期を乗り越えて、通期黒字達成!
── 伊豆おはな以外に、熱海で介護タクシー事業をしている企業はあるんですか?
河瀬 介護タクシーという形でやっているところはいくつかあるけど、介護保険が使えない。逆に、「伊豆おはな」としては介護保険が使えることに強くこだわった。
介護保険が使えないと全額自己負担になっちゃうからね。利用したくても利用できない状況は、なるべく減らしたいなと思って。
── 介護保険の適用事業となるには、許可の条件が異なるんですか?
河瀬 タクシーの許可自体は国土交通省の管轄だけど、介護保険の取り扱いは厚生労働省が管轄だから、全く別の許可になる。
訪問介護の指定を受けないといけないんだけど、そのための人員基準というのが最大のハードルで、介護士(ヘルパー)の有資格者が2.5人以上いないと許可が出ないんだよ。うちの場合だと、夫婦2人じゃダメで最低半日は働いてくれる人を雇用しないといけない。
── 創業時に雇用必須という条件は厳しいですね…。
河瀬 雇っても簡単に辞めちゃうし、求人を出してもなかなか応募がないからね。人数を揃えることが一番の苦悩ポイントかもしれない。
それに、介護タクシーと言えど、運賃はタクシーと同様なルールが決められててね。だから、他より良いサービスをしても自由に価格を決められないし、利益を出すのも大変。
── もしかして赤字の時期も長かったり…?
河瀬 そうだね。最初の頃は役員報酬もゼロに近いぐらいでやってたのに4期目までは赤字だった。でも、熱海の人にとってのライフラインみたいな存在になってきてたから簡単に辞めるわけにもいかない。そんな想いで踏ん張ってきた。
でも、徐々に赤字も減ってきていて、今期(5期目)はようやく通期黒字を達成できそうだから、少しは安心かな。
── 赤字が減ってきて黒字達成! そこに至るまでに工夫していたポイントはありましたか?
河瀬 ルールの範囲内で運賃の改定をしたり、妻が第二種運転免許を取得して緑ナンバーの運転手が増えたり、色々と要因はあるかな。
あとは、「伊豆おはな」でないと対応ができない人の予約を受けることに比重を置くようにしたのが大きかったかもしれない。
── と言うと?
河瀬 普通のタクシーにも乗れる人の予約を受けてしまっていたがために、ストレッチャーで乗らないといけないような人の予約が受けられなかったりしてた。でも、それって本末転倒だなと思って。
うち以外には移動の選択肢のない「高齢者の独居」「老老介護」「歩行困難」のような人にこそ、うちのサービスを使ってもらいたい。それができる体制に少しずつ移行しているのが、良い方向に進んでるように感じるね。
新幹線を使って福岡まで行くことも。
── 事業を始めてから大変だったことはありましたか?
河瀬 いっぱいあるね。大変なことだらけ。そもそも会社を経営した経験はないから、手続きも資金繰りも、ひとつひとつが大変だった。
愛美 あとは看護系医療系の知り合いがほとんどいなかったので、開業してからの営業が大変だったかも。
実務のところで言えば、坂と階段が多いこととかもだね。玄関を出てすぐ階段があったりするから、車椅子のまま持ち上げて運ばなきゃいけない場面がたくさんある。
河瀬 それと、予約の時間の調整かな。うちは介護保険を使った定期的な通院の方の利用が全体の7割ぐらいで、残りは急遽な依頼が入ってくる。
急な依頼にも対応ができるようにスケジュールには余裕を持たせつつ、とは言えなるべく多くの人に対応をしたい。その調整も大変な部分ではあるかもしれないな。
── 急な依頼というと、どのようなパターンがあるんですか?
河瀬 たとえば、熱海に旅行に来て骨折した方とかかな。熱海の病院から地元の病院に転院したいけどストレッチャーがないと移動が難しい、なんて人もいるからね。今日も旅行で来て怪我をした人を鎌倉まで送って来たところだよ。
愛美 そういう人には、熱海の旅行が嫌な思い出にならないように「今度は元気になって来てくださいね」って言ってあげたりしてね。
他に介護保険の適用外の例で言うと、足が不自由なお年寄りの方が通院じゃなくスーパーや美容院に行くときに利用があったりする。あと、入院中の方の一時外出のお手伝いとか。そんな事例も増えて来たかな。
── 入院中の一時外出…?
愛美 退院後に不自由になった今の体で家に帰れるのかを調べるためとか、娘さんの大学の卒業式に参加したいとか。うちの介護タクシーを使うことで2年ぶりの外出をした人なんかもいて、そういう利用をもっとしてもらいたいなって思うよね。
去年あたりからは、新幹線を使って遠方まで送るようなチャレンジにも取り組んでて、福岡まで送って行ったこともあるんだよ。
── 福岡!?そんな遠方まで!
愛美 新幹線って、椅子がソファーベッドになる多目的室というのがあったり、JRの職員の同士で情報共有もしてくれて乗り換えの案内をしてくれたりするから、車椅子での利用もとても便利なの。
目的地に着いてからのことも、現地の介護タクシー会社と事前に連携しておけば問題ないし。こういう選択肢も提示できるのが、私たちの強みかなって思う。
自分たちを必要としてくれる人のために。
── 今後の事業展開の構想とかはありますか?
河瀬 実は「旅行業の許可」を取ろうかと思ってて。さっき話した新幹線を使うような方法も、今までは無料サービスとしてしか実施できなかったけど、旅行業の許可を持っていればひとつのプランとしての提示ができる。
「介護タクシー」という名前だと病院に行く専門のタクシーという印象がある中で、うちは観光などにも使ってもらいたい。それをわかりやすく伝えるためにも、旅行業の許可は必要かなと思っててね。
── 介護タクシー事業をしながら旅行業ですか!いい組み合わせな気がしますね!
愛美 新幹線を使った時なんかもそうなんだけど、うちの代表は工程表を作るのがめっちゃ早いの!そして、めっちゃわかりやすい!
河瀬 昔、鉄ちゃん(鉄道ファン)だったからね。工程表を作るのは得意というか(笑)
愛美 その工程表を家族の方や現地の介護タクシー事業者の人に送ると、「とてもわかりやすく素晴らしい工程表でビックリしました!これなら安心してお願いできます!」とわざわざ電話がきたりするぐらいだから!
── すごい!自分の特技が事業に活きてくるのは良いですね!それに、旅行業の許可を持つことで、熱海でやっている意味がさらに強まるような気がします。
河瀬 そうだよね。以前に介護タクシーを2時間貸切にされた方がいてさ。富士山を見に伊豆スカイラインの方へ行ったり、熱海の街中を巡ったりしたんだけど、すごい喜んでくれたの。そういう使われ方ももっと増やしていきたいなって思うね。
新幹線だけじゃなく、初島に行くフェリーとか旅館とかとの連携をもっと強めていければ、足が不自由だけど熱海へ観光に来た人の満足度をちょっとでも上げられるんじゃないかなって。
愛美 もともと旅行で来た人からは入浴のお手伝いを依頼されることも多いから、より満足度が高くなるように取り組んでいきたいなって話をしてるよね。
怪我をして病院に閉じこもっていた人がうちのサービスを知って外出するきっかけにしてくれたり、足が不自由でもうちのサービスがあることで熱海へ旅行に来てくれたり。そんな存在になれるようにこれからも頑張っていきたい。
── 着実にやれることの幅を広げて、自分たちがサービスを提供したい人により良いサービスを届けようとする姿勢。とても胸が熱くなります!
河瀬 広げすぎて絞ったり…、の繰り返しだけどね。でも、自分たちを必要としてくれる人のためにも、より良い方向に進んでいけたらと思うよ。
そのためにも、まずは国家資格でもある旅行業務取扱管理者試験の合格を…。頑張ります(笑)
── 熱海に移住してきて、熱海に求められている事業を広げている。苦労も多いと思いますが、これからの活躍も応援してます! 今日はありがとうございました!
河瀬 豊(かわせ ゆたか)
1970年、東京都杉並区生まれ。株式会社夢真ホールディングスに長年勤務。2013年に仕事を辞め、熱海へ完全移住を決意。同年12月に株式会社伊豆おはなを設立して、介護タクシー事業などを手掛ける。
河瀬 愛美(かわせ あいみ)
1976年、神奈川県横浜市生まれ。看護師として18年の勤務経験を経て、夫と一緒に熱海に移住。株式会社伊豆おはなの介護ナースとして活動。2015年7月から全国訪問ボランティアナースの会「キャンナス熱海」の代表も務める。
(この記事は、独自制作した特集記事です)
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